
鹿島槍ヶ岳(2,889m) (2002/7/25-26)
【同行者】 日和見山の会の山行に参加
※ 各参加者のニックネームは横田さんのHPのものを流用させていただきました
【交通】
行き: 新宿から夜行バス「さわやか信州号」で 扇沢まで
帰り: 扇沢から松本電鉄バス 長野行き特急で 長野まで
長野から長野新刊幹線 で大宮まで
日和見山の会の「夏のスペシャルハイク第一弾」と銘打った鹿島槍ヶ岳山行に参加してみました。
ちょうど、梅雨明け後の7/25(木)、26(金)。早めの夏休みをとって、24(水)の夜行バスで行きます。夜行バス明けでアウトドアするのは、
1989年の隠岐ツアー以来で、体力にとても不安がありました。隠岐のときは、初日はフェリーに乗るだけで全然走らず楽だったけれど、今回みたいに起き抜けに1300mも登れるのか、トレーニングもしてないし。
24日は一日勤務して、仕事自体は19時過ぎには終えていたんですが、新宿発の時間が22時半ということで、ずっと仕事場でwww見たりしながら涼んでいました。一日中画面を見続けると眼の焦点が合わなくなってきます。最近、とみに「年齢」を感じる。
いつも着てる「自転車が好き、thirties」のTシャツもこの夏が着納めですかね。
夜行バスで呻吟
さて、仕事場で着替えて、新宿まで汗だくになりながらやってきました。新宿はこのところ通過するばかりで夜行バスの発着場所もわからず、間違えて京王帝都のバスターミナルへ行ってしまいました。こりゃ違うなぁ、とは思っていたんですが、雨が降り出してきて、一応確認のために寄ってみたら、やっぱり違う。さっそくkenさんに電話したら、
「京王プラザホテルの下だよ」
と言われてしまい、西口地下道を早足で、また汗だくになりながら歩いていきました。
これだけ不必要に疲れていれば、寝づらい夜行バスでも熟睡できるのでは? と思ったのですが甘かった。
出発5分前にようやくkenさんを見つけ、「さわやか信州号」に乗り込みました。2台の編成で扇沢経由白馬まで行く定期バスのようです。\4,700で扇沢までつれていってくれるのは破格ですね。朝5:30着だから、初日もまる一日歩けるし。
バスはほぼ満席。日和見のグループは河村さんが最前列にいて、他の4名(kenさん、岩さん、防衛庁長官、兵さん)は最後列。ぼくは最後列にはめこんでもらう。<=これが不眠のもとでした。並んだみなさん、眠れたでしょうか?両端のkenさんと兵さんは眠れたらしいですけど、中の三人(岩さん、防衛庁長官、わたし)は1時間以上は連続して眠れなかったと思います。
バスが高速を降りて峠の釜飯や(塩尻峠?)の前で停まってたのは2時半くらいだったと思います。4時半の穂高駅でもしっかり起きてたし。
穂高で前列の四人が降りたので、そこへ移ってようやく斜め向きになって少し楽な姿勢がとれるようになりましたね。
寝ながら登る柏原新道
穂高の駅あたりから夜は明けていて、カーテンの隙間からのぞくと晴れています。台風の影響もなく。温泉に停滞でもよかったんだけどなぁ、といつもの非建設的な妄想が浮かんできます。
ろくに眠れないまま五時半の定刻に扇沢に着いてしまいました。自家用車組などはすでに山支度を調えています。トロリーバスやらいろいろの乗り物で富山に抜ける観光コースもいいなぁと思いながら、にがーい味のパン(味覚が変)をもそもそやって朝食。どうも意気があがりません。
6時10分すぎくらいに扇沢出合までくだります。途中のスノーシェードの途中に山小屋風ホテルへの道が分かれており、帰りがけにはここで温泉につかるか、などと話していました。
山小屋と同程度の値段で、風呂もある、というのが魅力らしいです。
扇沢出合から柏原新道が始まります。扇沢をわたる橋から数十メートルの砂利道にはすでにクルマがデポしてあります。 立山<=>扇沢間の自家用車の回送サービスの看板がかかってます。ずいぶん高いんでしょうね。複数台のクルマと複数人がいれば、自分たちで立山<=>扇沢間の回送ができる、と話し合いながら歩きます。
何人、何台あればもっともコストが安く回送できるか、なんて問題を考え出しますが頭が不眠の酸欠で答えは見つからず。
6時半ころ、標高1,350m(時計の指示)から歩きだします。よく整備されたゆるい傾斜の幅広の道で、とても歩きやすい。kenさんのいつもの絶妙のペース配分でまた歩きやすい。ただ、トレーニング不足のせいでちょっと息があがってしまいます。
敷石の固定には鉄筋を埋め込んであり、これがしっかり効いています。
奥武蔵あたりの公費で整備したハイキング道は、コンクリートを丸太に擬したものを
組んで階段状にした造作がありますが、段の間の土が流れてしまって危なっかしく歩きにくいものになっているところがあります。そんなのとは対照的。
ここは山小屋の人たちが整備しているんでしょうか?廃材を利用して、自然の雰囲気をうまく残していると思いました。
空は晴れているけれど、木立の中の石畳の道は歩きやすい。とはいえ、汗は流れます。
今日はkenさんのペースが速く感じられたりして。深く息を吐いて、呼吸を楽にしようとします。兵さんや河さんは楽しげに話してますが、ぼくは会話に加わるどころではない。
今回も日和見らしく後ろからのグループに追い越されます。
扇沢をはさんで、岩小屋沢岳、鳴沢岳、赤沢岳、針ノ木岳を巡る稜線が迫っています。兵さんは以前その稜線をテント装備で食糧もかついで縦走したんだそうです。そんな話も夢うつつのうちに聞いていました。
うつむきながら歩いていると、額からぽたぽた汗が落ちます。夜行疲れで意識も遠くなってくるし。足下の石につまづいてハッとすることがなんどもありました。
腕時計の気圧計は高度が低めに表示されます。高気圧におおわれてるせいですかね?
思ったより先に進んでるわけでこれは精神的に楽です。
2,000mをすぎると勾配のゆるい、歩きやすい石畳の道になりました。よく考えてある道です。2,300m付近で一カ所だけくずれている沢がありましたが、
わざわざ「崩れやすいので少人数でわたってください」などと看板がかかっていました。
ここにも梯子がわたしてあり、ねぼけて平衡感覚がおかしくなってましたが、なんなくわたれました。ここを過ぎるとあとは稜線まで150mの急登。もう種池小屋の赤い屋根はすぐ近くに見えます。
11時半ころでしたか、種池小屋に到着。稜線上は風が強い。強風を避けて、小屋の壁際にザックをおろし、その上に不安定に腰掛けて昼食。けっこう消耗しています。
きょうはもうここまでで十分、という気持ち。小屋の靴脱ぎにこしかけてザックを背にうとうとします。kenさんもうとうと。
そこへ荷揚げのヘリが扇沢からびゅーんとあがってきて、冷凍エビフライやらトリの唐揚げを落としていきます。ヘリの巻き起こす風がひどいので、小屋の人から土間に避難するように言われていたのでした。
小屋の中ではインスタントラーメン¥700や、レトルトカレー¥700を注文している人もいました。生ビール一番搾りは¥900。アイスクリームAYAは¥480。山の上も金しだい。
三つある爺ケ岳
1時間も休憩したあと、さらに先へ進むことになってしまいました。小屋を出て爺ケ岳に向かって南から吹き上げてくる強風の中を進みます。
帽子はクリップで襟首にとめてあるのだけれど、それでも飛んでいってしまいそうなので手で押さえながら歩きます。同じ姿勢でいると手の甲が冷たくなってくるほどの涼しさ。しめっぽかった長袖シャツもすっかり乾いていました。
爺ケ岳は南、中、北の3連峰。しんどいのでいちばん最初の南峰だけに登って記念撮影。
ずいぶん遠くまで見渡せます。立山よりもっと奥の峰峰が見渡せます。鹿島槍に行かなくてもじゅうぶんなんじゃないか、なんて思ったりします。
強風の中、別のパーティの男性に記念写真をとってもらいました。この人たちとは翌日の鹿島槍山頂でも一緒でした。その先のキレットやら唐松岳のほうの険しいほうへ縦走するようでした。
女王様と5人のしもべ
爺ケ岳から今日の宿の冷池(つめたいけ)山荘まではずっと下り、のはずだったのですが、樹林帯の100mほどの登り返しがありました。 爺ケ岳の中峰、北峰を巻いていく道を意気揚々と進む兵さん、このころには冷池山荘のビールに導かれ、残りの5人をはるか後ろに残して下っていくのでした。
途中ザレた斜面をジグザグに下り、谷底からの冷風とガスに吹かれて冷えたと思ったら、登り返し。ガスの中で冷池山荘になかなか着かないのでじれていました。
15時前にはようやく山荘に到着。ねぼけながらも無事やってきました。荷をおろして早速談話室で一番搾りをいただきます。中ジョッキ¥900。キンキン、とまではいきませんが、なかなか冷えています。標高2,600mでのむビールは効きますね。
僕の場合、痛風発作も気になりました。つまみは豆やらカワハギの皮などがどこからともなくテーブルに出てきました。ビール2杯めがいきわたったところで、河さんのペットボトル入りのホワイトホースが登場。ぼくは、以前夏沢峠の山小屋でウイスキーをあおって動悸がとまらなくなったという怖い思いであるので、ここで辞して夕食までひるねすることにしました。kenさんもお疲れのようす。枕を並べて討ち死にです。
この後、夕食時間まで談話室では残りの4名(兵さん、河さん、岩さん、国さん)が飲み続けたようです。夕食の呼び出しがあって、4人を呼びにいくと兵さんができあがってしまい、足下がおぼつかないようす。
食堂までみんなで降りていきますが、兵さんは箸が進まず、お茶いっぱいのみほして部屋へ戻りました。
食事の内容は種池小屋にヘリが運んできたものと同じ、エビしんじょうみたいなあげもの、魚の粕漬けの切り身なんぞでしたが、白飯をぞんぶんに食べられるのがうれしかった。これがキャンプor自炊との違いですね。 それと、十文字峠小屋のときと同様にお茶を7,8杯のんで、水分補給につとめます。
30分ほどがつがつ詰め込んで、食事は終わりでもまだ6時前です。
雲海に沈む夕日あるいは、満天の星空を期待したのですが、どちらも無理のよう。
談話室で消灯の8時15分まで見られるTVで天気予報やらニュースを見ます。下界は相変わらず35度を超える猛暑のようです。こちらは20度前後でしょうか?
ラジオを忘れたので夜更かしもできない。しかし、夜行の疲れが残っていたのか、隣室の話し声がずいぶんうるさいと思いながら、9時前には寝入ってしまったようです。
写真:
| 1 | 朝の扇沢バスターミナル | 日の出から1時間くらいでしょうか | 岩小屋沢岳とか鳴沢岳のほう | 後ろのほうに見えるのは黒部の山? | 赤沢岳などの稜線 |
| 2 | 種池山荘(2,440m)はもうすぐだ | チングルマ(バラ科) | シナノキンバイ(キンポウゲ科) | 一番搾りののぼりがはためく種池山荘 | 水たまりみたいなのが「種池」
後ろの残雪の山は立山連峰ですね |
| 3 | 種池山荘を後にして爺ケ岳南峰(2,66Xm)に挑む
風が強い | 立山のほうを向いている。
もしかして水平線(日本海)も見えている? | ピラミッドのような爺ケ岳南峰 | 明日登る鹿島槍ヶ岳。稜線上に赤い屋根の冷池(つめたいけ)山荘も見える | 爺ケ岳南峰より、立山側を望む |
| 4 | 信濃大町を見下ろす | 爺ケ岳南峰で | 爺ケ岳南峰で記念写真 | 冷池山荘へのザレた下り。雲があがってきてます。 | |
鹿島槍ヶ岳アタック 360度のパノラマ
一夜明けて、というよりも夜明け前の4時前後からご来光を拝む人々がごそごそ動き出していました。河さんに誘われて、合羽を着込み山荘の外に出ました。日和見のメンバーはみんなそろっていました。兵さんも二日酔いながらも起き出してきて、岩の上に腰掛けています。
たいていの人はカメラを持ち出してきていました。ぼくはデジカメ(Olympus C-20T)をもってきてはいましたが、このパノラマは撮りきれないと思い、脳裏に焼き付けることに専念しました。(数枚とりましたがやはりあの場の清涼な雰囲気は表してないと思います)
4時50分ごろ、雲間をついて太陽がのぼってきました。北信五岳や草津白根、八ヶ岳、富士山、南アルプスなども雲海から頭を出しています。これから登る鹿島槍の稜線の輪郭が濃い黒になっています。
ザックを置いて、六時一〇分ころ鹿島槍アタックに出発。宿泊客のほとんどは鹿島槍に同じ時間帯に登り始めるのので、小屋の前はにぎわっています。
ピストンコースなので荷は3kgもなく楽賃なはずなのですが...。目指す鹿島槍の手前に布引岳がそびえています。登り返しはどのくらいあるのだろうか?地図と実際の感覚はずいぶん違うものです。
朝早いせいか、天気は安定していて風もなく昨日の爺ケ岳南峰の登りのように強風に悩まされることもありません。足下の高山植物の写真を撮りながら歩く余裕もありました。
布引岳で十分景色がよく、ここで満足してもよいくらいです。
鹿島槍との間の下りはほとんどなく、平坦に稜線を進んで最後の250mほどの登りにかかります。ここはちょっとザレているところがありました。
いくつかのグループに抜かされながら、靴一足の長さ分だけ一歩一歩進みます。
今日は睡眠が十分なせいか息があがることもありませんでした。
8時過ぎにようやく鹿島槍ケ岳の頂上に到着。また気圧があがっており、腕時計の表示は標高差50mほどを残すくらいでした。まだ登りが続くつもりで頂上に着いてしまい、拍子抜けしました。
頂上は、2,30人のハイカーでにぎわっていました。小学生くらいのこどもたちも元気にのぼってきています。いわゆる360度のパノラマというやつが広がっています。
河さんがいうには、北のぼんやりした水平線は日本海だろう、とのこと。
たしかにその方向にはなにも山が見えない。
この感動を横田さんに伝えようと、兵さんがケイタイ電話をかけます。
今日は金曜日、横田さんは出勤前の準備をあわただしくしているところでしょう。
と思ったら、「さくら」(NHK連続テレビ小説)を見てるところでした。
ところで、北アルプスの稜線上ではケイタイ電話の電波が通じる、ということは聞いてましたが、ドコモばかりが強いのかと思っていたら、兵さんのケイタイはjフォンでした。ぼくのエッヂも出してみましたが、当然通じません。
いまさらながら、ケイタイってすごいんですね。ケイタイへの乗り換えをちょっと考えてしまいましたが、街づかいでの音の悪さがいつも乗り換えを躊躇する原因なんです。
ぐるっと一回り写真を撮って、動悸もおさまり汗もひいてきました。
持参の「豆かん」を開けて食べてみます。これは重いので、開けないまま下山するのは避けようと思っていたのです。ばてたときはこういうものしか食べられない、と考えてもってきたのですが、ばてたというほどではない。密豆よりくどくなくていいかもしれません。
豆の味がよくひきたっています。んーむ、雲上の「豆かん」は最高でした。
鹿島槍ヶ岳は「双耳峰」(そうじほう)というのだそうで、今いるとこは南峰です。
目と鼻の先に北峰があるんですが、そこへ至る下りの最初の部分が高度感があってこわいので、我々は南峰だけで満足。
北峰を経て、キレット小屋が小さく見えます。屋根の色が黒っぽくて地味なんで、写真でははっきりわからないかもしれません。
五竜、唐松と縦走していったら楽しいんでしょうけれど、1時間ほど景色を脳裏にやきつけて、我々は下山です。
下りの途中、オコジョが岩の間からこちらを見下ろしているのがみえました。
再び布引平の花の写真を撮りながら下ります。入れ違いに登ってくるのは今朝種池山荘を出た人たち。昨日我々が4時間近くかかって移動してきたところです。早いですね。しかしすでにガスが出てきて我々が拝んだパノラマは望めないでしょう。
冷池山荘を宿泊場所に選んだkenさんの采配に拍手です。
11時頃冷池山荘に帰着。ここで行動食による昼食。ぼくは残っていた水分のトコロテンを食べます。下界ではトコロテンなんて決して口にしないのだけれど、脱水症状気味の今はこういう流動物がありがたい。
いちどベンチに腰を下ろしてしまうと、眠気がおそってきますが、今日のうちに下山して温泉に入れるかどうか微妙な時間です。とにかく種池山荘まで歩をすすめておかねば。
爺ケ岳への登り返しも黙々とこなし、ときおり下から吹き上げてくる涼風に目を覚ましながらガスの中を種池山荘までたどりつきました。2時半です。
| 1 | 冷乗越(つめたのっこし?)。石碑のある場所 | 26日の日の出に照らされた鹿島槍南峰(左側)と北峰(4:40くらい、冷池山荘より) | 雲海に浮かぶ北信五岳 | 八ヶ岳の上っ面が見えている | 冷池山荘。出発準備の人たち |
| 2 | 昨日通ってきた爺ケ岳3峰 | チングルマ | シナノキンバイ | キヌガサソウ(ユリ科) | 立山のさらに向こうに見えるのは? |
| 3 | ・ | ・ | 布引岳(2,683m) | 日本海の水平線が見えてます | ミヤマウスユキソウ?
ぼけてしまった |
| 4 | ミヤマウスユキソウ | 雲海のかなたに富士山が。
左は八ツ、右は南アらしい | 五竜
雲海の向こうは北信と越後の山々 | 鹿島槍ヶ岳北峰と北信五岳 | 鹿島槍ヶ岳北峰からキレット小屋を経て五竜へ |
| 5 | にぎやかな鹿島槍ヶ岳山頂
立山の向こうは白山でしょうか | 山頂から。こんどは南の方を向いて | 爺ケ岳三連峰 | 岩小屋沢岳、鳴沢岳、針ノ木岳。かなたには槍 | 富山側 |
| 6 | もう種池より下です。
2,100m付近のザレてるところ | 柏原新道でこわいところはここだけですね | これから一時間ちょっとで下に見える扇沢まで下る | 八ツ見ベンチ | 確かに雲の向こうに八ツがのぞく |

(おまけ)お風呂をもとめて豪速急下山
今日のうちに下山&温泉、とてっきり思っていたのですが、種池山荘に着いてみて、
日和見山の会としては、予定通り種池山荘に泊まるということで、kenさんはさっそくチェックインしています。
どうしても風呂に入りたかったぼくは、ひとり下山して最寄りの温泉に入ることにしました。扇沢にも一軒あったし、大町と扇沢の間に温泉街があるということだったのです。
賛同者を募りましたが、みなさん種池山荘に泊まるということで、ぼくだけ下山することになりました。
四時五五分に大町行きのバスがあるということで、地図のコースタイムは三時間ほどでしたが、なんとかやってみようと思い、豪速急モードで下山開始。浮き石に足をとられないようにしながら、冷池山荘で買ったストックを駆使して、駆け下ります。
下りの途中で、長大なパーティになんども出合いました。時間的にいってこの人たちは種池山荘に泊まるんでしょう。今日も種池山荘は大繁盛だなと思いながら、いや雑念にとらわれると足がもつれるので、足を前に出すことに集中して下ります。
扇沢が眼下にのぞきますが、あんなに下まで一時間ほどで着くのだろうか?と、ふとペースがにぶります。
この下りかたは、自転車のダウンヒルににてますね。無心になれるひとときです。自転車で峠を攻めるのも好きだったけれど、この豪速急下山も濃密な時間を過ごせてカタルシスを覚えます。
樹木が濃くなり、つづら折りが終わって見覚えのある堰堤、扇沢のざわめきが聞こえました。扇沢出合に到着。4時ちょっと過ぎです。
昨日の朝とは違って、クルマがたくさん入りこんでいます。
タクシーが一台停まっていたので、新宿行きの高速バスに間に合うか?と聞いてみたら、すでに扇沢を4時10分に最終便が出発してしまったが、追いかければ大町駅でつかまえられる、ということでした。ところが、大町駅までのタクシー代は\5,000。一人で払うには高いです。
扇沢バス停に戻ってもらうのは近すぎて気がひけたので、4時55分の大町停まりのバスに乗るつもりでバス停まで歩きました。アスファルトの道は照り返しが暑かった。
4時20分ころ、バス停に到着。どっと消耗してしまいました。バスの時間を再確認すると、5時ちょうどの長野行きというのがあります。長野までの所要時間は1時間半。これで長野新幹線につなげることができます。大町から大糸線・中央本線で新宿まで戻るより、新幹線のほうがちょくせつ大宮へ出ることができて好都合。しかも、乗ってる距離が短いので運賃も安いことがわかりました。
大町といえば新宿から、と思いこんでましたが、大宮在住で長野新幹線も使える今の状況では、長野まわりのほうが時間、経費ともに得だということがわかりました。
というわけで、温泉はがまんして急遽今日中に帰宅することにしてしまいました。
5時までに、トイレの水で顔と体を洗いました。この水がめっぽうつめたくて、きもちいいというか心臓がどっきりするほどでした。
ちゅうとはんぱに爽快になって、冷房のきかない松本電鉄バスに乗り込み、ファンタグレープを飲み干します。
このバスに乗ったのは2,3人。大町からも数人乗り込んできました。
途中、大町温泉郷にたちよりました。時間が許せば一浴していきたいところだったんですが、一浴二時間はかかりますから、新幹線の最終を逃してもしようがないので、そのまま通過。美麻村、裾花峡などを通って安茂里へ出たバスは市内でちょっと渋滞につかまりましたが、六時四〇分ころ、見慣れた長野駅に到着しました。
長野駅は、扇沢よりさらに暑く、三二度。これは熱風です。七時二七分の新幹線に乗るので、ゆっくりそばも食べてられない。駅の立ち食いそばですませます。せめて涼しいものをと思って、冷やしとろろそば。長野駅の立ち食いそばはそばどころだけあって、そば粉の割合が多く感じられます。若干こしがあるというか。
新幹線に乗ってしまえば一時間で大宮。これはあっけなかった。
九時に帰宅して、さっそく窓のないいつものお風呂に入りましたとさ。
参考ページ:
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